青の書斎

ドラマ・映画・小説などのレビューを書いています。

~過去と未来をつなぐ「赤い」トマトの存在~『美味しんぼ』第3話「野菜の鮮度」

〇第3話の概要

究極のメニューを担当する山岡・栗田は、栄商グループの経営する新しいデパートへ取材へ向かいます。しかし、売り場の野菜やレストラン街の品質にダメ出しをする山岡は板山社長を怒らせてしまい、東西新聞社の広告収入が激減。それでも山岡はどこ吹く風。上司たちから責任を取るよう迫られると、「板山社長のおごった考え方を矯正する」という形で応接。板山社長は山岡の出すうまい野菜を食べると、少年時代を思い出し、自分の傲慢さに気づきます。その結果、東西新聞に対する経済制裁は解かれ、また山岡のことを食べ物のエキスパートとして一目置くようになりました。

 

見所その1 ケース越しの顔…記者の表情の見せ方

板山社長が直々に案内する新設の「ニューギンザ・デパート」。フロアの大きさと品数の充実、鮮度の高さに記者たちは感心することしきり。ただ、その表情を正面から描き続けてはくどいためか、商品ケースごしに反射して映った顔を描くカットが差し挟れます。こういった変化球により、ストーリー展開の単調さを回避しています。

 

見所その2 地下でバトル開始、最上階で爆発。秒読みの緊張感!

この回で特に面白いと思うのは、社長・板山の怒りの演出。

デパート案内中の様子を追ってみましょう。

 

  1. 記者たちに野菜売り場を案内
  2. 山岡、トマトの品定めをしたのち、投げ戻す
  3. 板山社長、音に気付き振り返る
  4. 山岡、売り場の大根を折り鮮度を確かめ再び投げ戻したうえ「見てくれだけか」と吐き捨てる
  5. 板山社長、山岡の振る舞いを見て顔をしかめつつも、記者の手前怒りを抑える
  6. 板山社長、レストラン街の説明へ。振り返って山岡の言動を警戒。
  7. 山岡、デパートのレストラン街には価値がないと一蹴。
  8. 板山社長、うなり声をあげて怒りを我慢する様子。ただ、抑えきれずに山岡を怒鳴りつける。

 

板山社長、お疲れ様でした。社長という地位にある手前、山岡の無礼なふるまいをしばらくは我慢していたようですが、力を入れたレストラン街ですら「見る価値なし」ときびすを返す山岡にとうとう堪忍袋の緒が切れ、怒り心頭に発します。この応酬が地下から始まって、最上階のレストラン街で怒りが頂点に達するという運び方も、演出上大切な要素ですね。

 

また、山岡が無礼に振舞うたび、栗田さんが何らかのアクションを起こします。トマトを投げ戻すときは「あっ…」と言いつつ表情を曇らせ、大根のときは「山岡さん」と名前を呼びつつ、「(悪口が)聞こえるわよ」と諫めの言葉をかけ始めます。最上階では「山岡さん、また何かやりだす気じゃ…」と心配。「(レストラン街は)取材の価値がない」とする山岡に対しては「どれもこれも名店ばかりです。せっかくだからごちそうになって…」と、個人的な食欲も織り交ぜつつフォローに入りますが、振り返ってみるとお怒りの板山社長が…。

 

栗田さんの振る舞いは、非常識な山岡に対して、視聴者が抱く常識的な感覚を表すものになっています。山岡の出鱈目な振る舞いがある一方で、少なくともそれを良くないと感じているキャラクターを置くことで、見ている側は「栗田さんは自分の感覚と近いな」と安心することができるわけですね。無頼者に呼応する常識派がちゃんと配置されているから、演出上のバランスの良さを感じることができるように思います。

 

このバランスを極端に欠くと、「みんなの為に行動しているのに、不運が重なってすべてが裏目に出て、むしろ恨まれてしまう」という救いのない演出になったりします。見る側の強力な欲求不満を呼ぶので、扱いが難しいように思います。

 

見所その3 板山社長の過去・未来をつなぐ「トマト」の存在

銀座の一等地に立派なデパートを立てた板山社長でしたが、野菜の鮮度についてはいまいち。自信を持っていただけに、他社の若造である山岡から難癖にも似た言葉を受け、怒り狂います。ただ、山岡の指摘は辛辣なものですが、物事の核心は捉えています。板山社長には彼の言葉を素直に受け入れるだけの余裕がなかったのですね。

 

特に重要なキーとなるのが、トマトです。板山社長は少年時代、経済的な余裕のなさから空腹のことが多く、近所の畑でトマトを盗み食いしてはゲンコツを食らいしことしばし。農家のおじさんからの仕置きは辛かったが、新鮮なトマトの味もまた克明に覚えていた。一方、現在はデパートでトマトを大量に扱っています。トマトは運送中に赤く色づくよう計算して運んでいますが、果たして畑で熟したトマトの味には及ばない。トマトが赤いのは当たり前ですが、外見だけでなく中身のクオリティにまで気を配った山岡の鑑定眼が際立ちます。

 

つまり、大量生産・大量消費を重視するあまり、トマト自体の旨さ、新鮮な野菜を食べる喜びというものを忘れてしまったわけです。その結果、デパートに二流品のトマトを並べて得意げにそれを記者へ紹介し、たまたま居合わせた山岡に厳しい指摘を受けたのですね。その場では若者の戯言と、到底受け入れられない社長でしたが、後日山岡の誘いを受けて野菜をごちそうになると、味覚をスイッチにして辛い少年時代を思い出します。大根の活け造りも食し、野菜に儲けのヒントを見出すと山岡に大いに感謝し、足早に社へと戻るのでした。

 

こうして見ると、トマトを軸に板山社長の過去と未来が見事につながっていることが分かります。ストーリーの運びが鮮やかですね。

 

おすすめカット

山岡の鋭い観察眼を認めた板山社長は、デパートの業態でまずいところがあれば是非教えて欲しいといって彼を連れまわします。前半の険悪な雰囲気が一気に晴れてハッピーエンド。これには東西新聞の皆さんもニコニコです。ラストカットの一つ手前で谷村部長と栗田さんが顔を見合わせて笑いあうのを見ると、なんだかこちらまでホッとしますね。BGMの爽やかなハーモニカも郷愁を誘って素敵です。

 

次回、第4話レビュー。

お楽しみに。