青の書斎

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~緊張感のグラデーション~『美味しんぼ』第1話「究極のメニュー」

こちらは『美味しんぼ』のレビュー記事です。

 

〇第1話の概要

主人公の山岡士郎、栗田ゆう子の登場。

主な筋書は以下の通り。

 

 

他にも見所がいっぱいあります。

 

その1 新入社員生活の活写

大混雑の地下鉄に揺られていた栗田さんが地上に出て一言

「これから毎朝この地獄と戦うのか」

とため息交じりに言ったのち

腕を振り上げて「よしファイト!」と駆け出す描写。

赤のジャケットも相まって、若者の溌溂とした勢いが出ています。

 

サラリーマンがすれ違いざまに

「なんだあの女の子は?」

という感じで振り向くきつつ、地下鉄へ去っていきます。

通勤列車で社へ向かうという、毎日のルーティンワーク。

多くの勤め人にとっては当たり前のことですが、

初出社の栗田さんにとっては、特別な意味を持った時間なんですね。

いぶかしむサラリーマンが配置されることで、栗田さんのフレッシュさが際立ちます。

 

「新入社員教習を経て今日から東西新聞文化部の”記者なんです 私"」

という栗田さんの台詞(心の中の声)。

この「記者なんです 私」という倒置法がいいですね。

フレッシュマンの新鮮な心持が巧みに言い表されている感じです。

 

その2 緊張感のグラデーション演出

東西新聞文化部の職場がビルの窓越しに映し出されるシーン。

台詞の順は以下の通りです。

 

  • 社員「はい、こちら文化部」
  • 社員「はい、その件でしたら昨日ですね…」
  • 社員「これ、コピー10部、頼む」
  • 栗田「はい!」
  • 社員「でさあ、俺がオーラスで親だったんだよ…」
  • 社員「まいったよ、最後にツモられちゃうんだもん…」
  • 谷村部長「みんな、ちょっと聞いてくれ」

※「オーラス」とはオールラストのこと。最後の一局。

 

上記セリフの配列を細かく見てみると

 

  1. 内線電話での他部署とのやり取り
  2. 部内の社員同士の仕事やり取り
  3. 部内の社員同士の雑談
  4. 文化部部長から全員へ向けての報告

 

という並びになっています。

他部署とのフォーマルな会話からスタートして

部内の社員同士の仕事のやりとり、やがて

昨晩の麻雀についてのグチり、ダベり…という風に

段々と緊張感が弱くなってくる。

そこへ谷村部長からの鶴の一声が響き、

一気に部屋の中の緊張感が高まるという運び。

動と静との対比が際立ちます。

しかも、栗田さんが新入社員として頑張る様子も

さり気なく挟んであって、冒頭シーンとのつながりも

感じさせてくれます。

 

その3 グルメバトル

 

料理を使ったバトルは『美味しんぼ』の醍醐味なので、第1回に限ったことではありません。そのバトルのきっかけから決着までの見せ方は、スムーズです。簡単に流れを追ってみましょう。

 

  1. 鋭敏な味覚の持ち主を選ぶためのテストが実施される
  2. 栗田・山岡(呼ばれる順)がテストに合格
  3. 大原社主より東西新聞創立百周年記念企画「究極のメニュー」の発案
  4. 山岡・栗田(呼ばれる順)が「究極のメニュー」担当者に抜擢される
  5. 「究極のメニュー」の助っ人として呼ばれた食通3人と会食中に口論、山岡が「一週間後にフォアグラよりうまいものをもってくる」と啖呵を切る
  6. 苦戦したのち、目的のあんこうを釣り上げる
  7. 決戦日、あんこうの肝がフォアグラの味を上回り山岡の勝利。

 

なお、第1回の時点で、山岡さんは既に究極のメニュー担当者に登用されています。そのため、次回以降は「1~4」のフローがすべて省略され、「問題発生→料理の準備→対決および決着」のシンプルな形になります。

 

また、決戦当日の決着の仕方が放送回によって何種類かあるので、パターン化できればと思っています。今回は第1回なので、決戦の様子をつぶさにメモします(かなり長くなるので第2回からは端折ります!)。

 

先手/食通チーム:フォアグラ

食通「見事だ、さすがにうまい」

食通「またこの中のトリュフが泣かせますなあ」

食通「(笑顔、黙って首肯)」

大原社主「(おいしそうに)うん」

食通「美食の王とはよく言ったもんですな」

栗田「おいしい」

栗田「まったりとコクのある味と香りが口の中にとろけるように広がっていく」

 

後手/山岡:あんこうの肝

食通「なんだね、これは一体」

山岡「アンコウの肝ですよ」

食通「何?」

富井「えーっ!あの一杯飲み屋のおつまみに出てくるアンキモ」

食通一同:笑い声

食通「こりゃ大笑いだ、くだらん冗談だ」

山岡「まず食べてみてください、文句はそのあとで伺いましょう」

食通「ハハハハ、よし、食べてやる」

効果音「ポワワワ~ン」

栗田「おいしい!」

食通「(動揺気味に)バカバカしい」

栗田「本当です、このコクのある味わいは、フォアグラには劣らないと思いますけど」

食通「まあ、決してまずいとは言わんが、しかしこんな下等なものとは比べようが、ハハハ」

社主「確かに、フォアグラにはない鮮烈さがある。少しも生臭くなく、豊かな香りだ

富井「アンキモのほうがこってりとしているのに、味が純粋で澄んでますな

谷村「確かに食べ比べると、フォアグラはアンキモの前ではかすんで見える

山岡「深海の自然の中で育った健康そのもののアンコウの肝臓と、人間の小ざかしい悪知恵で造りだした病的な肝臓と、果たしてどちらがうまいか」

山岡「しかもこのアンキモはとれたばかりをその場で調理した。フランスから送ってきたフォアグラとは、鮮度も天と地の差がある」

食通「何を言うか!フォアグラは世界の食通がうまいと認めた味だぞ」

食通「そうとも。フォアグラの味が分からんなんて、食通じゃない」

大原「なるほど、究極のメニュー作りに食通の先生方のご協力は要らんようだ」

食通「何ですと?」

大原「あなた方には、自分の舌にかけて新しいおいしさを発見しようとする気構えが見受けられない」

大原「レストランのガイドブックは書けても、新しい食の文化を切り開くことはできんでしょうな」

食通「(悔しがって)くぅ…」

大原「山岡君、究極のメニュー作りは、君と栗田くんだけで思い通りにやりたまえ!」

山岡「食通と言われる先生方に対してつい意地になっただけですよ」

山岡「そんな企画、俺には興味ありませんね(立ち去る)」

栗田「(山岡を追って)山岡さん!」

 

こういった具合に、先に出されたフォアグラの旨さを、後から出されるアンコウの肝が上回って勝敗が決するという演出になっています。

 

美食として名高いフォアグラがおいしいからこそ、アンコウはそれを超えられるのか?という緊張感が発生するわけです。食通の先生方が口をそろえて言う「フォアグラはうまい」という感想がなければ、アンコウの肝は「ただ美味しい料理」で終わってしまいますもんね。こういった勝敗の演出は見慣れたものですが、一定の緊張感を保ちつつ、味覚という多くの人にとって曖昧な感覚について科学的に語ろうとする姿勢はこの作品の最も愛好される所以だと考えられます。

 

おすすめカット

無事あんこうを釣り上げ、肝を調理しながら岸に戻るシーン。

暮れかかった空が、あんこう入手までにかかった時間の長さや、

4人それぞれの「戦い」に一度決着がついたことを暗示します。

(山岡は食通をうならせる食材を調達すること、栗田さんは船酔に耐えてその場に留まること、漁師たちは山岡の指示通りの魚を入手すること)

 

そして蒸籠(せいろ)から出る湯気、乗船者たちのなびく髪…

これらの要素が、風を感じさせます。それに加えて、

右へゆっくりパンニングするので、全体として動きのあるカットになっています。

 

なにより素敵だと思うのは…シチュエーション的には「魚が釣れてよかったね」という穏やかな感じなのに、流れている音楽がちょっと不穏であること。釣果はあったものの、食通VS山岡の闘いはまだ終わっていませんので、音楽にあえて緊張感を残しているわけですね。この演出が素敵だと感じます。

 

次カットへ移るとともに、夕日に照らされた海が画面いっぱいに映し出され、あんこう入手に関しては一段落を得たことが演出の上からも強調されます。カットの切り替わりと同時に音楽の方にも変化が。のびやかなフルートの音色は安堵感を与えてくれます。

 

次回、第2話レビュー。

お楽しみに。