古今和歌集・春歌上・1番歌「年の内に春はきにけり ひととせをこぞとやいはん ことしとやいはん」
・詞書
ふるとしに春たちける日よめる
・作者
在原元方(生没年未詳)
・歌
年の内に春はきにけり
ひととせをこぞとやいはん
ことしとやいはん
・訳
年の内に春はきてしまった
この一年を去年と言おうか
今年といおうか
〇旧年立春を詠んだ秀歌
古今和歌集の巻頭歌です。
いま私たちは太陽暦(新暦)を使って1年を過ごしますが、平安時代は太陰暦(旧暦)を用いていました。月と季節の対応は以下の通りです。
【旧暦の季節】
春:1月~3月
夏:4月~6月
秋:7月~9月
冬:10月~12月
詞書には「旧年中に春が立った日に詠んだ」とあります。旧年中に春が立つということは、師走(12月)のうちに立春の日を迎えたということです。まだ暦の上では冬なのに、立春を迎えてしまったわけです。春が来た喜びも感じる一方で、立春が新年に先立ってしまう現象に戸惑う様子が「こぞとやいはん、ことしとやいはん」に表されているように思います。
立春が新年に先立つ現象は「旧年立春」と呼ばれ、そう珍しいことでもないようです。だから、「今年はなんと年内に立春が来てしまうらしいぞ」と驚きをもって話すほどでもない。しかし、この「旧年立春」を迎えた当時の人々の感懐を和歌の形にうまく調えて保存した元方さんのお仕事は、確かなものだと思います。
〇字余りとその効果
この歌には二か所の字余りがあります。
まずは初句の「年の内に」。これは「としうちに」などと言いつづめてしまえばうまく5音におさまるものを、あえて6音にしたのはなぜなのでしょうか。詳細はわかりませんが、「年の・内に」という3音+3音のリズムが欲しかったか、あるいは助詞の「の」をしっかり入れておきたかったか…。何にしても、字余りが起きることでリズムが崩され、少しスピード感が弱まります。あまりテンポよく流れて行ってしまうより、むしろ綺麗に流れていかない「停滞感」をあえて歌に残したかったのかもしれません。
二つ目に結句「ことしとやいはん」が8音になっているのは、四句と対をなす構造にしたかったから、と思われますので、字数をオーバーしていても納得がいきます。
次回、2番歌に続きます。