古今和歌集・春歌上・3番歌「春霞たてるやいづこ み吉野の吉野の山に雪はふりつつ」
・詞書
題知らず
・作者
よみ人しらず
・歌
春霞たてるやいづこ
み吉野の吉野の山に雪はふりつつ
・訳
春霞が立っているのはどこだろうか
吉野の山に雪は降り続いている
〇暦上の春と現実の冬、その対比
カレンダー上は春になったものの、実際にはまだ雪が降り続いており、春の実感が湧かないという気持ちに端を発した歌です。この捉え方は、現代のわれわれでも『早春賦』の唱歌で親しみのあるものだと思います。
〇春霞を探して
春霞は枕詞で、「立つ」と相性の良い言葉です。実際、3番歌では「春霞たてるや…」と、動詞「立つ」へ接続しています。冬晴れのすっきりとした視界を、霞は少しぼやけた感じにします。遠くまで見通せなくなるし、ものの輪郭もあいまいになります。しかし、その夢幻的な雰囲気が、春を待つ人々にとっては恋しい景物として、憧れの対象であったのではないでしょうか。
〇「静」と「静」
春の歌では、春を称揚するのがふつうです。しかし、吉野の山に雪が降っているという冬の描写もまた、この歌においては重要なパートです。実際、吉野は「み」を冠した美称になっており、吉野山に雪が降る様子を肯定的にえがいています。
また、山に雪がしんしんと降り続ける様子と、春霞の立った景色。どちらも「静けさ」をもった要素です。静的なものを二つ歌に登場させることで、幽邃な雰囲気を作り出しています。
次回、3番歌に続きます。